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#12:日本の医療をよく知ろう

 この文章は、平成16年10月に古河東ロータリークラブで講演した内容をまとめたものです。その前に当院の「業務改善発表大会」でも、同じような内容の講演を職員相手にしました。
 「医療費抑制策」によって日本の医療機関がどんなに苦しんでいるのか、「医療の“質”向上」や「医療事故防止」がどんなに阻まれているのか、ということを、医療界ではない一般の人たちに切々と訴えたものです。
 表現や図表の多くを鈴木厚氏の著書から借用させてもらいました。我々医療従事者のモヤモヤとした気持ちがとても的確に表現されており、すばらしい著書です。
 平成17年10月に、ある健保組合の方から反論のメールをいただいたので、最後に掲載させてもらいました。
 併せてお読み下さい。

日本の医療をよく知ろう

          院長 加藤奨一

はじめに
 
 日本の医療に対して国民の多くは「日本は、医療費が高く、医療のレベルは低い」と思っているかもしれませんが、実は、本当は 「日本は、低額で高質な医療を提供している世界一の国」なのです。
 まず、国民がほとんど知らされていない日本の医療に対する世界的な評価を紹介します。私もつい最近このことを知りました。
 世界保健機構(WHO)2000年に、国全体の健康状態、保健システムなど5つの項目について、適切なサービスが公平に提供されているかどうかを、世界191カ国の保健システムについて評価・判定「国別医療ランキング」を発表しました。なんと日本はこのランキングで、スウェーデン、カナダとともに堂々第1位に輝きました。 ちなみに、日本の医療行政やマスコミが手本としているであろうアメリカは第37位でした。また、皆さんもご存じの「平均寿命」の世界ランキング (2002年、男女計、WHO発表)で日本は第1位(81.9才)、(第2位はスイス、 80.6才)、「乳幼児死亡率」は世界最低、と、国の保健・医療レベルを示すパラメーター(医療評論家の皆さんの大好きな“エビデンス”)もこれを示しています。

平均寿命の世界ランキング

 しかし、皆さんが感じられているように、現在でも日本の医療には不十分なこと、不備なことがたくさんあります。
 そのようなことがどうして起きているのか、考えてみます。

<1>「医療サービス」向上と「医療事故」防止を阻むもの
 「医療サービス」向上と「医療事故」防止が叫ばれるようになり久しいですが、なかなか改善されません。その理由を、代表的な2つのテーマについて考えてみます。

(1)「3時間待ちの3分診療」
 「医療サービス」に対する不満、特に病院を受診した時の医療サービスの悪さの代名詞として使われるキャッチフレーズです。
 人間にとって最もストレスを感じるのは、「長時間待たされること」と「納得のいかない説明」であり、日本の医療サービスへの不満の大部分はここにあると思います。
 患者さんが病院に求めるものは、この対極にある「時間をかけての診察」と「納得のいく説明」です。 しかし、日本の医師数は諸外国に比べて少なく、また、日本では医療費が安く、フリーアクセス(どの医療機関、どの医師にも自由に診療を受けられる)が保証されているため、気軽に病院を受診できるので、日本の医師はアメリカの医師の平均約8倍の患者を診療 しています。現状の患者数と医師数では「3分間」しか診察ができないのが当たり前なのです。別に医師がさぼっているわけではありません。この状態を解決する方法は医師を増やすことです。単純計算すると、今の8倍日本の病院に医師がいれば、3分×8= 24分というアメリカ並みの診察時間(20~30分)が確保できます。医療サービス向上には医師増員策が必要です。「医療費抑制策」では医師の増員は出来ず、医療サービス向上は望めません。
  ちなみに、300床強のほぼ同規模の病院の職員数を日米で比較したあるデータでは、アメリカの病院の職員数は日本の病院と比べて、全体で10.1倍、医師が9.5倍、看護師が7.3倍、看護助手が4.3倍多いのです。

日米病院職員数比較

(2)医療事故防止
 医療事故発生の根底にあるのは「医師や看護師の多忙」です。20年も前から叫ばれている「医師過剰時代到来」説は大嘘です。今も日本の医師、看護師は諸外国と比較して圧倒的に不足 しています。マンパワーを増やし、医師や看護師の労働条件を改善 しない限り、医療事故は減りません 。
 しかし、医療事故に対する周りからの評価は、「不注意」「患者への気持ちを大切にしない」「医師のおごり」といった医師の精神論や看護師のナイチンゲール精神への、議論のすり替えばかりで、根本原因解決を訴える論調が皆無です。
 「医療費抑制」では、医療従事者を増やすことができず、 医療事故が増えるだけだということを認識すべきです。

<2>医療行政の本音と建て前
 
この数年間に医療行政が打ち出してきたいくつかの医療政策について「本音」と「建て前」を見てみます。

(1)「慢性期病床」の本音と建て前
  数年前から日本の病院病床は「急性期病床(一般病床)」と「慢性期病床(長期療養型病床)」に区別されるようになりました。
  「急性期病床(一般病床)」とは、濃厚な医療行為が必要な、急性期の、重症の患者さんのための病床で、現行制度では、行われた医療行為毎に医療費が発生し、その合計で医療費が支払われる「出来高払い」が採用されています(今後は慢性期病床と同様の「包括医療」へと移行していくものと思われますが)。一方、 「慢性期病床(長期療養型病床)」とは、病状が落ち着き、時間をかけて治療(療養)するための病床で、疾患毎に1日の医療費が固定され、医療機関はその範囲内で診療行為をおこなおうとする「包括医療」を採用しています。基準となる医師数や看護師数も「急性期病床(一般病床)」の方が「慢性期病床(長期療養型病床)」より圧倒的に多く設定されています。疾患の重症度、関与する職員数等の関係で、当然慢性期病床より急性期病床の方が医療費は多くかかります。以前は、同じ病床で急性期患者も慢性期患者も診療していました。
 このような病床区分を作った建て前は、「急性期医療と慢性期医療を明確に区別し、長期療養環境を改善する」ことですが、本音は、慢性期患者に「出来高払い」の高額医療をされたら、お金がかかって仕方がない、ということです。
 慢性期患者で急性期医療が必要になった場合、慢性期病床では十分な医療が行えない、という問題が生じています。

(2)「介護保険制度」の本音と建て前
 建て前は、少子高齢化社会に向かって「社会全体で介護を負担する」ですが、本音は、従来は医療機関で医療と併せて行っていた介護的な部分を医療から分離し、財源を介護保険の方に回し、 医療費を削減することであり、「社会的入院」患者(10万人と推定)を病院から追い出し 、医療費を削減することです。
 しかし、医療と介護を切り離せない患者 も多く(特に高齢者)、医療と介護の両方が必要な患者の行き場がない、現行制度では病院に入院している方が患者の自己負担が安いため、介護保健施設に移動せず 「社会的入院」が減らない、介護保険施設が不足しており、すぐに入れない、という問題があります。

(3)「病診連携」の本音と建て前
  「病診連携」とは、「病院と診療所の連携」という意味ですが、厚生労働省の目指す「病診連携」は、「外来通院は診療所に行きなさい。精密検査が必要な時や入院が必要な時だけ病院に行きなさい。」「普段の外来通院のために病院には行かないようにしなさい。必要な時だけ、診療所から紹介してもらって病院に行きなさい。」 ということです。
 建て前は、 病院に患者が集中するために起きている弊害(「3時間待ちの3分間診療」など)を是正することですが、本音は、病院に患者が通院すると医療費が高騰するので行かせたくない(病院では高額な精密検査まですぐできてしまうので)ということです。
 「病院が外来部門を自主的に縮小」するような診療報酬上の経済的誘導策(病院の外来診察料を引き下げて、外来診療をしていたら病院が経営的に成り立たなくし、病院が自主的に外来を縮小していくように誘導)がとられたため、病院の経営を圧迫し、病院が自衛策として「門前クリニック」(道路を隔てて入院施設とは違う敷地に外来診察室の集合体を作り、“診療所”として診療所と同じ設定の外来診察料をもらう)を作るようになり、患者さんの外来受診環境が悪化 した、 患者の希望を無視 した「逆紹介」(病院が診療所に患者さんを紹介すること) が横行する、という弊害が出ています。

(4)「在宅医療」の本音と建て前
 最近厚生労働省は「在宅医療(看護、介護)」推進を盛んに言い出しています。
 建て前は、「家族と一緒に自宅にいられるのが人間一番幸せ」ですが、本音はどうも違うようです。介護保険制度開始の時に盛んに言っていた「社会全体で診る」という話はどこへ行ったのでしょう。「慢性期病床」「介護保険制度」でも医療費削減効果が今ひとつと感じたのか、本音は、施設医療や施設介護より在宅医療や在宅介護の方がお金はかからない、ということのようです。
 問題は、「少子高齢化社会で家庭に人手などない!」ことです。

  以上、建て前は全て「医療の“質”の向上」をうたっていますが、どうも厚生労働省の本音は全て「医療費抑制」だけのようです。
 
<3>日本の医療費はそんなに増えているのか?
 「医療費が増え続けて大変だ。このままでは医療費で国が滅びる。」
とまで言われ続けている日本の医療費ですが、本当にそんなに急速にふくれ続けているのでしょうか。いくつかのパラメーターについて見てみます。

(1)国民総医療費の財源
 まず、国民医療費の財源はどのようになっているのか見てみます。
 H14年度は全体で31兆1,240億円であり、財源別内訳は、
  患者負担: 4 兆 7,515 億円( 15 %)、
  保険料(被保険者): 9 兆 3,661 億円( 30 %)、
  保険料(事業主): 6 兆 7,101 億円、( 22 %)、
  公費(国庫): 7 兆 8,113 億円( 25 %)、
  公費(地方): 2 兆 4,614 億円( 8 %)
です。

国民総医療費の財源

 「医療費抑制」と言っているのは、この中の「公費(国庫)」です。厚生労働省はこれが増え続けることが困るのです(うがった見方をすると、患者負担や保険料等の他の財源が増えることは厚生労働省には関係ありません)。

(2)国民総医療費の年次推移

 S60年が16兆円、H11年まで漸増、H12以降は横ばい、H14年が31.1兆円。

国民総医療費の年次推移


(3)国民総所得、国民総医療費の国民総所得に対する割合の年次推移
 国民総所得は、S60年が261兆円、H3年まで漸増、H4年~H9年は横ばい~微増、H9年がピーク、H10年以降は減少、H14年は362兆 8千億円。
 国民総所得の増加が頭打ちになり、さらに、減少に転じたことと連動して、国民総医療費の国民総所得に対する割合は、S60年が6.13%、H3年が5.88%で最低、以後は漸増し、H14年が8.58%。

国民総所得の年次推移

国民総医療費の国民総所得に対する割合の年次推移

(4)国民一人当たりの年間医療費の年次推移

 S60年が13万2,300円、H11年まで漸増、以後は横ばい、H14年が24万4,200円。

国民1人あたりの年間医療費の年次推移

(5)「医療費抑制策が必要」というイメージを作った厚生労働省(当時の厚生省)の情報操作~国民総医療費の年次推移v.s.H9年時の厚生省予測~
 H9年に厚生労働省(当時は厚生省)が出した国民総医療費の将来予測は
  H12年には38兆円
  H22年には68兆円
  H37年には141兆円
でした。 マスコミも「医療費亡国論」で同調し、「医療費が増え続けて大変だ。医療費抑制が必要」という大ウェーブが巻き起こりました。
  しかし、実際は、H12年は前年より1.9%も減少し31.1兆円でした。厚生省予測値38兆円とは大きな開きがありましたが、間違った予測の訂正発表はありませんでした。今でもまだマスコミはこの時の予測値を使って記事を書いています。「医療費の膨大」「医療亡国論 」などのイメージだけが残されたまま、今も一人歩きを続けています。

国民総医療費の年次推移

 厚生労働省の情報操作と、それを鵜呑みにして行われた盛んなマスコミ報道から、皆さんが思い込んでいるほど、日本の医療費は膨大し続けてはいないのではないでしょうか。

<4>医療費の「自然増」
 「国民皆保険制度」
が始まった昭和36年当時の死亡原因の多くはまだ「感染症」であり、治療の勝負は短期間で決まりましたが、最近の死亡原因の多くは癌、脳血管疾患、心疾患等です。これらの疾患は老化が関係している疾患であり、治療に長い年月を要します。当然医療費も多くかかります。
 また、検査法が進歩し、病気は早期に発見できるようになり、軽症のうちから治療が開始されます。治療法も年々進歩し、新たな治療法が世に出てきます。治療の選択肢も以前とは比べものにならないほど多くなりました。当然医療費は増えます。
 以上のようなことが原因で医療費が増加することは、医療費の「自然増」と言われ、医療費の「自然増」まで抑制することは、イコール「医療の“質”まで落として」医療費を削減するということになります。

<5>国民医療費と他の分野との比較
 
医療費と他の分野を比較すると、医療費約30兆円に対し、
  建設投資額(公共事業費):85兆円
  公的年金:40兆円
  パチンコ産業:30兆円
  葬式産業:15兆円
です。

国民医療費の他との比較
 
 1億2,500万人国民の「生命」と「健康」を守る「医療」の価値が、パチンコ産業と同等、葬式産業の半分、公共事業費の3分の1、ということに違和感を覚えるのは私だけではないと思います。
 「日本の医療費が高すぎる」とはとても言えないと思います。

<6>医療費の国際比較
 
日本の医療費は世界各国と比べてそんなに高いのでしょうか。いくつかのデータを見てみます。

(1)年間国民総医療費の対GDP比
  日本は第19位(7.2%)
  第1位:アメリカ(14%)
  第2位:ドイツ(10.5%)
  第3位:スイス(10.2%)

医療費の国際比較

(2)国民1人当たりの年間医療費
  日本は第7位(28万円)
  第1位:スイス(45万円)
  第2位:アメリカ(42万円)
  第3位:ドイツ(32万円)

医療費の国際比較

(3)国民1人あたり年間平均受診回数
 日本は医療費が安く、フリーアクセスのため気楽に医療機関を受診します。

国民1人あたり年間平均受診回数

(4)患者1回受診あたりの医療費
 1回医療機関を受診した際の医療費は諸外国と比較して極端に安いです。

1回受診あたりの医療費

(5)虫垂炎手術入院の都市別費用

  日本:34.6万円(7日間)、
  ロンドン:114.2万円(5日間)、
  香港:152.6万円(4日間)、
  ロサンゼルス:193.9万円(1日間)、
  ニューヨーク:243.9万円(1日間)

虫垂炎手術入院の都市別費用

(6)技術料の日米比較

  技術料はアメリカを比較してとても安いです。

技術料の日米比較


  様々なデータを見てみると、世界各国の医療費と比べて、日本の医療費はかなり安いと思います。

<7>各国の医療事情
代表的な世界各国の医療制度を日本と比べてみます。

(1)アメリカの医療制度
 アメリカの医療保険についてみると、国民の約6割は、自分の経済力に合わせて保険会社を選び、 民間の医療保険に加入しています。全額自己負担であり、保険会社が病院を指定し、治療内容を制限します。
 国民の約3割の低所得層は国の公的保険に加入していますが、医療費の半分しか補助はされません。公的保険には、65才以上の慢性患者が対象の「メディケア」と低所得者が対象の「メディケイド」の2つがあります。
 問題なのは医療保険に加入していない国民がいることです。約1割(約2,700万人)が保険に加入できず にいます。
 医療費は、病院への支払いである「ホスピタル・フィー」と、医師の技術料である「ドクター・フィー」の2種類に区別され、これを合わせて支払います。
 医療費は自由設定となっており、医師、病院によって違いますが、医療費は全般的に高額であり、医師の技術料も高く設定されています。
 保険会社が指定した期間以上の入院は全額自己負担となることが、アメリカの極端に短い入院期間につながっています。例えば、入院費用が部屋代だけで1日20万円もするので、すぐに退院して病院の近くのホテルから通院するような形になります。誤解してはいけないのは、アメリカの医療レベルが極端に高いから入院日数が極端に短いのでは決してない、ということです。
 日本の病院は入院期間が長いため、医療評論家は「日本は医療レベルが低いから、入院期間が長い。日本の病院は儲けようとして、患者さんを長く入院させている。」という言い方をしますが、それは間違いで、日本は医療費が安いため、患者さんは自分の体に自信が持てるまでゆっくり入院していられるのです。

(2)イギリスの医療制度
 イギリスは「かかりつけ医(登録医)」制度を採用しています。
 「かかりつけ医」での治療は自己負担ゼロですが、病院への直接受診は許可されていません。病院を受診したい時は、まず「かかりつけ医」を受診し、「かかりつけ医」が病院を紹介します。
 ただし、「かかりつけ医」は、患者住所により機械的に決められ、患者の意志で医師を選ぶことはできません 。
 問題なのは、紹介された病院への受診が数ヶ月待ちの状態であることです。癌と診断されても、精密検査や治療まで2ヶ月も3ヶ月も待たされることが問題となっています。
 もちろん、「かかりつけ医」や紹介先病院以外での診療を受けることも可能ですが、その場合は医療費は全額自己負担となります。

(3)フランスの医療制度
 フランスの医療制度は、高負担で高福祉が特徴です。
 フランスもイギリスと同様に家庭医の診断を受けてから病院受診の予約をします。
 医薬分業が進んでおり、家庭医で注射が必要な時は注射薬を薬局まで取りに行かされるほどです。
 また、検査やレントゲンも分業になっており、別の場所で検査を受けます。

(4)日本の医療制度の特徴~諸外国との比較で~

 日本は昭和36年から 「国民皆保険制度」を採用しています。
 医療費を国が決定する完全な 「価格統制医療 」ですが、患者は自分の受診する医療機関や医師を自由に選べる「フリーアクセス」が特徴です。
 医療費が安く 、患者の自己負担率も低い、“医師の技術料”が極端に低く設定(諸外国の1~2割程度)されているという特徴もあります。
 また、医師、看護師等の医療従事者が諸外国に比べて少ない割に、低額でフリーアクセスのため患者が医療機関を気軽に受診できるので、諸外国に比べてべらぼうに患者が多い、という“薄利多売”医療も日本の医療の特徴のひとつです。

 各国の医療事情を見てみると、「医療の面で、なんと我が国は恵まれているのか。」という感想を持たれるは、私だけではないと思います。
 
<8>日本の医療制度のいくつかの問題点
 
医療現場が感じている日本の医療制度の問題点のいくつかを挙げてみます。

(1)「レセプト審査」の理不尽
 日本の医療保険 は大きく4種類に分けられています。自営業・農業・退職者が対象で、市町村が運営する「国民健康保険」、大企業従業員が対象の「組合管掌健康保険」、中小企業従業員が対象で、政府が運営する 「政府管掌健康保険」、公務員、教員が対象の「共済組合保険」の4つです。
 国民はこのどれかの医療保険に加入しているというのが「国民皆保険制度」です。そして、この「国民皆保険制度」においては、検査、投薬、治療の全てについて「保険適応」という制限があります。
 患者は医療機関を受診すると、医療費の自己負担分(現在は3割負担)を医療機関に支払いますが、医療機関は、毎月全ての医療行為に「適応症」を付記し、「レセプト(診療報酬明細書)」をそれぞれの健康保険組合に提出し費用を請求します。
 現在日本全国には約5,500の健康保険組合があり、これらを代表して「社会保険診療報酬基金(支払基金)」と「国民健康保険連合会(健保連)」が医療機関から提出されたレセプトの審査をおこなっています。
  レセプトは年間14億枚におよび、レセプト1枚に約120円の審査手数料がかかります。手数料だけで年間1,680億円もかかっている計算になります。
 このレセプト審査には、医療機関から見た場合大きな問題があります。
 医学的に認められ、医療現場では実際に有効性が確かめられている医療行為でも「保険収載」されていないものも数多くあります。製薬会社が新薬を世に出し 「保険収載」してもらうのに、審査時間がかからないように、「適応疾患」を絞って「治験」をおこなったりするのがその原因です。そして、医師が診療上やむを得ず 「保険適応外」の医療行為を行った場合は、全て「過剰請求」「不正請求」というレッテルを貼られ、医療機関に費用は支払われず、医療機関の負担にされます。

保険診療とレセプト審査

 健康保険組合が赤字経営に転落してからは、特に審査が厳しくなり、医療機関に対する「支払拒否」は全支払額の1~2%(年間2,000億円以上)に及んでいます。これら全てが病院の負担となり、病院の経営圧迫の一因となっているのです。
 「審査(査定)」と言えば聞こえはいいですが、学問的な裏付けはなく、治療上の必要性や、医師の人道的使命感を全く評価しません。
 都道府県ごとで基準が違い年度でも基準が変わり、一定していません。「カット屋」と言われる専門業者を雇い、「今月はこの項目とこの項目をカットし、全体で何%医療費を削減しよう。」と、その時の気分次第で医療費の支払いを拒否します。
  あまりにも理不尽な支払い拒否に対しては病院から抗議しますが、病院からの抗議には耳を貸さず、結局病院が泣き寝入りをすることがほとんどです。
  このレセプト審査とは、「適正医療」の名を借りた、一方的な医療費の“踏み倒し” “食い逃げ”行為だと思います。
 昭和58年に「老人保健法」が改正され、健康保険組合が老人医療費の7割を負担するようになり、健康保険組合が徐々に赤字となってきました。これを機会に「医療費抑制」の大号令が始まりました。
 本来健康保険組合は、自分たちで漏れなく保険料を集め(未徴収率が高いのが問題になっています)、自分たちで赤字を解消するべきなのに、医療機関に責任を転嫁し、「病院が故意に過剰診療をし、暴利を得ている」というイメージ・キャンペーンを繰り返しています。マスコミも、これを鵜呑みにし、査定部分を「過剰診療」と表現し、患者側の誤解を招いています。
 ちなみに、健康保険組合は、厚生労働省の「天下り機関」であり、赤字だと言いながら、今も厚生施設や保養所を多数所有しています。

(2)病院・診療所較差
 現行の診療報酬では、なぜか、外来初診料は、診療所の274点(2,740円)に対し病院は255点(2,550円)と低く設定されています。
 外来再診料は、診療所も病院も72点(720円)と同額であり、一見平等のように見えますが、病院の場合、複数の診療科を受診しても全部まとめて72点(720円)のみとなっています。病院の場合1日に3科も4科も受診していく患者さんも多く、外来診療という医療行為に対して医師の技術料が全く評価されていません。
 このように病院と診療所との間に診療報酬上の格差がつけられているのは、診療報酬制度を決める場に病院の代表者がほとんど参加させてもらっていないということによります。
 診療報酬額を決めているのは「中央社会保険医療協議会(中医協)」というところですが、構成員24名の中に、診療所の院長さんである医師会関係者は5名いますが、病院関係の代表者は1、2名しかいないのです。
 さらに付け加えると、この会には製薬会社、薬の卸業者や医療機器メーカーといった医療周辺企業の代表者が8名も入っています。病院側の意見よりも企業側の意見が通るようなしくみになっていることもお分かりになると思います。

<中医協構成メンバー>
   企業の代表 :8名
   日本医師会代表 :5名(病院代表:1名)
   保険者(健康保険組合)の代表:4名
   公益の代表 :3名
   地方自治体の代表 :1名
   日本薬剤師会代表 :1名
   日本看護協会代表 :1名
   一般病院代表 :1名

(3)公民格差
 日本の病院の8割以上は民間病院です。病院というところは民間病院といえども公的病院と同じように公共の役割を担っています。にもかかわらず、公的病院は税金を払わず、補助金をもらっているのに対し、民間病院には補助金はなく、税金(法人税、事業税、住民税)を支払っているという不公平があります。
 このような公民格差、不公平の中で、「病院も競争の時代に入った。」などと騒がれています。常に黒字でないと生き残れない民間病院では、小児科、産科の撤退、等の不採算部門縮小がされていく理由がご理解いただけると思います。
 公的病院がもらっている補助金の総額は年間1.3兆円にものぼり、もし民間病院にも同じ補助金を支払うとすると、年間5兆円が必要になりますが、「病院も競争の時代に入っている」と言うのなら、競争は公平でなければいけません。
 病院間の公平な競争には、診療報酬を上げて公的病院の赤字を解消させるか、民間病院へも年間5兆円の補助金を出すか、ふたつにひとつが必要です。


おわりに

 以上、日本の医療について色々な視点から見てみました。この中の多くのことを国民は全く知らないと思います。
 今のご時世、医療をする側が何か意見を言うと、必ず「自分たちの利益のために主張しているだけ」との評価しかいただけないのですが、今日私が述べてきたことは、厚生労働省や、そこからの情報提供のみで報道を行うマスコミが国民に知らせていない事実を、いくつかの客観的なデータをもとに取り上げただけのものです。医療をする側の「私利私欲」は入っていないつもりです。素直な“真っ白な”心で受け止めていただき、自分なりにその是非を判断していただければいいと思います。

 医療において最も大切なことは、
1.病気がよく治ること(治癒率の向上)
2.精神的な安心感や快適さ(“医療サービス”という側面)
3.医療事故の防止
4.医療費の透明性、効率よい使用
だと思います。
 日本は、世界的に見ても「少ない医療従事者で、公平に、安く、質の高い医療」を提供しています。日本の医療をもっとよくしたいのなら、医療従事者を増やすべきです。必然的に医療費も増やしていく政策がとられるべきだと思います。
 マスコミの方々にもお願いがあります。
 「医療事故」の記事以外でも医療について大々的に取り上げてもらいたいテーマがたくさんあります。それは、
1.健康保険組合の査定(医療費の “踏み倒し ”)の現状
2.医療従事者増加策の必要性(医療事故防止、医療サービス向上の観点から)を訴えること
3.政治・行政に対して「医療費増加策」への転換を迫ること
4.公民較差や病診較差の是正の呼びかけ
等であることを述べ、この稿を閉じさせていただきたいと思います。

《参考資料》
1.厚生労働省発表資料
2.世界保健機構(WHO)発表資料
3.本田 宏著:医学ジャーナリスト協会2月例会講演要旨「現場から見た医療制度改革、第一部:現場が感じる病院医療の問題点」(「薬価制度への提言」,日本医事新報 Vol.3895,73-77,1998.12.)
4.鈴木 厚著:日本の医療を問いなおす-医師からの提言;ちくま新書175,筑摩書房,1998.10.
5.鈴木 厚著:日本の医療に未来はあるか-間違いだらけの医療制度改革;ちくま新書408,筑摩書房,2003.4.

<おまけ>
たまたま昨日新聞で読んだ医療事故の記事について・・・

人工呼吸器事故、3年で15人死亡…国立病院・療養所(2004年10月18日、読売新聞朝刊)

【原文抜粋】
 全国の国立病院機構傘下の病院で、人工呼吸器を巡る医療事故が過去3年間に23件起き、15人が死亡していたことが同機構の調査でわかった。
 ・・・(略)・・・呼吸器の装着者は今後も急増すると予想され、安全対策の見直しが迫られそうだ。
 同一の病院内で、操作法が異なる複数の機種の呼吸器が使われ、1病院あたり平均約5種、最大14種もの機種が使用されていた。このため同機構は、操作が簡便で安全性の高い機種に統一する方針を決めた。
 ・・・(略)・・・無計画に同じ病院内で何種類もの機種が導入されたことや、患者の急増の一方で病棟の看護師の人員不足などがミスの背景とみられる。

となっていましたが、本来なら以下のような記事が適切だと思います。

【較正】
 全国の国立病院機構傘下の病院で、人工呼吸器を巡る医療事故が過去3年間に23件起き、15人が死亡していたことが同機構の調査でわかった。
 ・・・(略)・・・呼吸器の装着者は今後も急増すると予想され、我が国の医療行政のあり方をめぐっても、安全対策の見直しが迫られそうだ。
  国立病院の経営難から、使用法が簡便であり、使用ミスの少ない高額な呼吸器が購入できないため、その都度予算に合わせて機種を購入していたため、同一の病院内で、操作法が異なる複数の機種の呼吸器が使われ、1病院あたり平均約5種、最大14種もの機種が使用されていた。このため同機構は、操作が簡便で安全性の高い機種に統一できるよう、厚生労働省に予算請求した。
  ・・・(略)・・・国立病院の経営難からやむを得ず、同じ病院内で何種類もの機種を導入せざるを得なかったことや、患者の急増の一方で病棟の看護師の人員不足などがミスの背景とみられる。
 ここ数年続いている極端な医療費抑制策により、日本のどこの病院も職員の増員や最新医療機器の購入ができない状態に陥っており、「医療の“質”の確保」や「医療事故防止」の観点から、英国のブレア首相の政策を例に、医療従事者を増やせるような、医療費増加策への転換が日本の医療行政にも求められそうだ。

《健保組合からの反論》

平成17年9月に健保組合から、<8>日本の医療制度のいくつかの問題点、(1)「レセプト審査」の理不尽、の記載内容について以下の反論文が寄せられましたので、併せて掲載します。

すべてに感想を述べる時間が今はありませんので、健康保険組合に関係する、<8>「レセプト審査の理不尽」について健康保険組合の立場から見ると、かなり誤解を招く部分が見受けられるので、意見を述べさせていただきたいと思います。すでに誰か他の方からの指摘もあったかもしれませんが。

1.「日本には5500の健康保険組合がある」となっていますが、健康保険組合は現在1600弱です。健康保険組合は「組合管掌」のみです。正確には「5500の保険者がある」です。わかりやすく説明するためにすべてを「健康保険組合」としたのかもしれませんが。 しかし、そうだとすると、「天下り」の部分と矛盾します。

2.レセプトは、支払基金と国保連(健保連ではありません)に提出します。支払基金と国保連は、保険者を代表して審査を行っているのではありません。支払基金は、事務費は医療機関からではなく、保険者から取って運営していますが、 医療機関側でもなく、保険者側でもない、中立の民営法人であります。
審査は、双方から推薦された医師が、県ごとに審査委員会を構成し、厚生労働省がしめした基準に従って、医学的見地から審査しています。
また、事務費は、レセプト1枚当たり114円20銭ですが、調剤レセプトは57円20銭ですので、1680億円までは行きません。

3.「過剰請求」「不正請求」について
  2で触れた厚生労働省の基準「保険点数表」(これは、厚生労働省の医務官が主に作成します)にしたがってレセプトが支払基金と国保連で審査されますが、「医師が診療上やむを得ず「保険適応外」の医療行為」ばかりが査定されるわけではありません。単純な計算間違いなども査定されます。患者には請求していないはずの薬の単価違いとか、投薬日数の間違いなどもかなりあります。
 抗がん剤などで、製薬会社が、「保険収載」をしなかったり、間に合わなかったり、医師も効果を確認できないが他の薬がなかったりで、医師がやむを得ず使う場合もあります。これらについては、審査委員会が適宜判断を行うようになっています。

4.審査は学問的な裏付けがないか。
 支払基金などの審査は、2で触れたように、医師会からも推薦された専門性を持った研修を受けた審査委員会の医師が診査を行っています。したがって、医学的なことをふまえて審査が行われているはずですが、保険者の立場から見ると、医療機関がわの言い分ばかり聞いていて、「保険点数表」とそれについての厚生労働省の通知を無視したような解釈が行われているような場合も多々あると、見ています。

5.審査は、保険者の自由になっているか
 支払基金が、都道府県毎に違う基準があるのは確かで、審査委員会の判断が優先するからで、保険者も困っています。基準は、毎年医療機関の主張に沿う方向で変わっているように思われます。
保険者は、確かに内部で専門的なレセプト審査が出来ないので、外部に(カット屋)委託している保険者も増えています。
逆に医療機関も、点検を外部(付け屋)に委託し、請求漏れがないか、実施検査に、病名が対応しているかなどを点検しているところもあります。

6.審査は医療費の踏み倒しか
 今まで見てきたように、審査は厚生労働省の基準に基づいて審査委員会が行っているものであり、保険医療機関として適用を受けているのであれば、その基準以外の医療費の請求はおかしな事になります。
 レセプトには、コメントが必要な診療行為があっても、記載のないものもあり、基準が守られない事もあり、一定の基準は必要です。

7.健保組合は赤字の責任を転嫁しているか
 保険料の徴収漏れは、多くの健康保険組合にはありません。健康保険組合は、一定規模以上の事業所の勤務者と家族だからです。
 徴収漏れが多いのは、国民健康保険と政管健康保険です。
 審査で査定されているものは、「過剰請求」もありますが、医療機関職員の「単純ミス」「算定ルール無視」なども多いのです。

8.健保組合は「天下り機関」か
 多くの健保組合には、厚生労働省からの天下りはいません。一部総合型(業界企業が集まって結成したもの)には、います。政管健康保険・国保は天下りではなく、社会保険庁や地方自治体の職員が職務を遂行しています。
 多くの健保は、保養所を売却したりして、経営の効率化を図っています。

最後に
 しばらく前に、健康保険組合が、赤字に陥ったのは、放漫経営をしたからではありません。高齢化が進み、拠出金負担が大きくなったからです。また、02年に総報酬制になる前は、保険料率に法的な上限があったから、料率引き上げが不能だったからです。
   高齢化が進行し、料率の引き上げは、これからも繰り返すようになるでしょう。

 以上です。
 私の文章に多く引用させてもらった鈴木厚先生の著書の数字や表現については、他の文献を調べる、等の再調査はせず、そのまま信じて使わせていただきましたので、誤った数字もあったのかもしれませんが、この長文を書いた目的は、そのような細かな数字を示すところにはありませんでした。
 診療報酬制度やその査定についての記載も、「医療現場が必要だと思って使った薬剤や、必要だと思って行った医療行為を、“デスクワーク”で簡単に右や左に動かされることに憤慨を感じることもある」ことを多くの人に知ってもらいたいという目的で書きました。
 健保組合の職員の方々だって皆一生懸命自分の職務を遂行なさっているのだと思いますので、そういうところを汲んで読んでいただければよいと思います。

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